フィリピンでAIビジネスを始める前に知っておきたい法律と手続き|個人情報とAI規制の考え方

フィリピンでAI事業を始めるとき後から効いてくるのは、事業の形と個人データの扱いです。DTI・SEC・一人法人という選択肢、外資規制のネガティブリスト、データプライバシー法とNPC登録、AIにも原則が及ぶ整理を、在比日系企業向けに地図として解説します。

執筆者
執筆者執筆者

運営者・AIエンジニア / IT歴36年以上・マニラ在住13年以上

フィリピンでAIビジネスを始める前に知っておきたい法律と手続き|個人情報とAI規制の考え方

フィリピンでAIを使った事業を始めるとき、多くの方が技術と資金の準備から入ります。ただ、後から効いてくるのは、事業の形をどう登録するかと、個人データをどう扱うかです。ここを後回しにすると、稼働してから作り直すことになり、費用も時間も余計にかかります。この記事では、フィリピンでAIビジネスを始める前に押さえておきたい法律と手続きの考え方を整理します。

先にお伝えしておくと、私は法律の専門家ではありません。制度は改正され、個別の状況で扱いも変わります。ここでは「何を確認すべきか」の地図をお伝えしますので、実際に進める際は必ず弁護士や会計事務所など専門家にご相談ください。

事業の形を決める3つの選択肢

登録先主な向き先
個人事業DTI(貿易産業省)小規模・個人での開始
法人(株式会社等)SEC(証券取引委員会)出資や取引先の信用が必要な場合
一人法人(OPC)SEC外国人が単独で法人を持つ場合

第一の選択肢は、個人事業としてDTIに登録する形です。手続きは簡単ですが、外国人が使える範囲には制約があります。また、法人格がないため、取引先や金融機関からの見え方も変わってきます。

第二の選択肢は、法人としてSECに登録する形です。フィリピンで事業を行う法人・組合等は、原則としてSECへの登録が必要とされています。個人事業の場合はDTIが登録先になります。出資を受ける、規模を拡大する、大きな取引先と契約するといった場面では、法人であることが前提になります。

第三の選択肢は、一人法人(OPC:One Person Corporation)です。外国人が単独で事業を行う場合、この形でSECに登録し、該当する資本金の要件を満たす方法が一般的とされています。自分がどの形に当てはまるかは、出資者の構成と事業内容によって変わるため、早い段階で専門家に相談してください。

私はマカティで13年事業をしてきましたが、法人として登録しているかどうかで銀行の対応が明確に変わります。SECに登録した法人なら投資商品の案内や高額融資の提案を受けられますが、DTI登録の個人事業だと基本サービスにとどまります。数十万ペソ規模のプロジェクトを発注する側に立つときも、相手が法人登記されているかを重視しています。法人なら初回の打ち合わせから具体的な業務の話に入れますが、個人事業の場合は段階を踏んで進めるのが通常です。

関連: 無料AIツールと有料AIサービスの使い分け|フィリピンの日系企業が課金すべきラインの見極め方 で詳しく解説しています。

外資規制で先に確認すること

確認事項内容
ネガティブリスト外資の出資比率に制限がある分野かどうか
該当しやすい業種ITやコンサルは制限が緩い分野とされる
制限のある分野人材紹介・公益事業・マスメディア等

フィリピンには、外国資本の出資比率に制限を設ける分野を定めた一覧(Foreign Investments Negative List)があります。何%まで外国人が持てるかが分野ごとに決まっており、事業の形を決める前にここを確認する必要があります。

一般に、コンサルティング、IT・BPO、輸出向けの製造、事業支援サービスなどは、外国資本100%が認められる分野とされています。一方で、人材の紹介・派遣、公益事業、防衛関連、鉱業、不動産、マスメディア、賭博、貸金業などは、比率に上限があるか、フィリピン人に限定されているとされています。

AIを使ったサービスは、多くの場合ITやコンサルティングの領域に入りますが、扱う業務の内容によっては制限のある分野に踏み込むことがあります。たとえば、AIで人材のマッチングを行うサービスは、人材紹介の領域と重なる可能性があります。「自分の事業はどの分野に当たるのか」を、事業計画の段階で確認しておいてください。

関連: Anthropic9,000億ドル評価額の衝撃 フィリピン日系企業のAI調達戦略見直し術 で詳しく解説しています。

個人データを扱うなら押さえる3点

押さえる点内容
データプライバシー法個人情報の取り扱いを定める基本の法律
NPCへの登録一定の条件で登録が求められる
AIへの適用学習から運用まで原則が及ぶとされる

第一に、フィリピンには個人情報の取り扱いを定めたデータプライバシー法(RA 10173、2012年制定)があります。フィリピンで個人データを扱う事業者は、この法律の対象になります。AIを使うかどうかにかかわらず、顧客情報や従業員情報を扱う時点で関係してきます。

第二に、個人情報を取り扱う組織には、国家プライバシー委員会(NPC)への登録が求められる場合があります。登録を怠った場合、多額の制裁金や責任者の刑事責任につながり得るとされており、軽く見てよい部分ではありません。自社が登録の対象になるかは、扱うデータの性質と規模によって変わります。

第三に、AIについても、この法律の原則が及ぶという整理が示されています。NPCの2024年の助言(Advisory No. 2024-04)では、透明性、正当な目的、比例性といったデータ保護の原則が、AIの学習から運用までの全体に適用されると明示されているとされています。つまり「AIが処理しているから対象外」という考え方は通用しません。

始める前にやっておく4つの準備

準備具体的にすること
事業内容を言葉にするどの分野に当たるかを確認できる形にする
扱うデータを洗い出す誰の何の情報を、どこに置くかを書き出す
専門家に一度相談する形と要件を決める前に確認する
記録の仕組みを先に作る後から遡れる形にしておく

第一の準備は、事業内容を具体的な言葉にすることです。「AIを使ったサービス」では、どの分野に当たるかを誰も判断できません。誰に何を提供し、対価をどう受け取るのかまで書き出せば、専門家への相談も一度で済みます。

第二の準備は、扱うデータの洗い出しです。顧客の氏名や連絡先、従業員の情報、取引先の担当者情報——誰の何の情報を、どのサービスの、どこに保存するのかを一覧にします。AIを使う場合、外部のサービスに送るデータが含まれるため、この一覧が特に重要になります。

第三の準備は、専門家への相談です。ここまでの2つを用意してから相談すれば、短時間で具体的な答えが返ってきます。フィリピンの公証人を、日本の印鑑証明のような形式的な手続きだと考えていた時期がありましたが、実際は契約内容の詳細確認と本人の意思確認を徹底的に行います。各条項について「本当に理解しているか」「強制されていないか」を繰り返し確認されます。手続きは形式ではなく中身を見るものだと考えて臨んでください。

第四の準備は、記録の仕組みです。どの同意をいつ得たか、どのデータをどこへ送ったかを、後から遡れる形にしておきます。そうしておけば、確認を求められたときに慌てずに済みます。事業が動き出してからこれを整えるのは、想像以上に大変です。

関連: フィリピンでAIを導入したい日本人経営者が知るべき実践ガイド で詳しく解説しています。

よくある質問

Q: 小規模な個人向けサービスでも、登録は必要ですか?

A: 規模が小さくても、事業として対価を受け取るなら登録は必要です。また、個人データを扱う場合は、規模にかかわらずデータプライバシー法の対象になります。自社が登録の対象かどうかは、扱うデータの内容と規模で変わるため、専門家に確認してください。

Q: 日本の会社が、フィリピンの顧客向けにAIサービスを提供する場合はどうなりますか?

A: フィリピンに拠点を持たない場合でも、フィリピンの個人データを扱うなら関係してくる可能性があります。国境をまたぐデータの扱いは判断が難しい領域なので、事業の設計段階で専門家に確認することをおすすめします。

Q: 外部のAIサービスを使うだけでも、規制の対象になりますか?

A: 自社が個人データを扱っている限り、外部サービスを使っているかどうかは免責の理由になりません。むしろ「どこへデータを送っているか」を把握し説明できる状態にしておく必要があります。委託先の管理も、自社の責任の範囲に含まれると考えてください。

Q: 制度が変わったら、どう気づけばよいですか?

A: 顧問の会計事務所や弁護士から情報が入る体制を作るのが現実的です。自力で追い続けるのは負担が大きく、変更を見落とす原因になります。年に1回でも、現状の体制を専門家に見てもらう機会を設けておくと安心です。

まとめ:技術より先に、形とデータを決める

フィリピンでAIビジネスを始めるとき、後から効いてくるのは事業の形と個人データの扱いです。個人事業か法人か、外資規制のどこに当たるのか、扱うデータは何で、どこへ送るのか——この4点を事業計画の段階で言葉にしておけば、専門家への相談も短時間で済み、稼働後の作り直しも避けられます。技術の検討と並行して、この地図を先に描いておくことをおすすめします。

PH AI Worksでは、フィリピンの日系企業向けに、AI導入の設計から、扱うデータの整理、現地の通信環境を踏まえた運用体制づくりまでを日本語で支援しています。「自社の場合、何を確認すべきか分からない」という方は、無料相談をお気軽にご利用ください。

参考・出典

この記事を書いた人

執筆者
執筆者

運営者 / AIエンジニア(IT歴36年以上)

  • 東京都出身・マニラ在住13年以上
  • IT歴36年以上(開発・SEO・AI)
  • IBM認定 生成AIエンジニア
  • AIチャットボット・RAG・AIエージェント開発

IT歴36年以上、マニラでの実務経験13年以上の日本人AIエンジニア(運営者)です。AIチャットボットや業務自動化、AIエージェント、生成AIマーケティングなど、フィリピンの日系企業が「成果に直結するAI」を導入できるよう、現場目線で記事を書いています。ご相談は日本語・英語どちらでも対応します。

ライバルはAIで進化中!

あなたのビジネスは大丈夫?

関連記事

AI導入は目的が9割|「誰の・どの作業の・何を・いつまでに」を1文で書く方法
AI戦略・コンサルティング

AI導入は目的が9割|「誰の・どの作業の・何を・いつまでに」を1文で書く方法

「業務効率化のため」という目的では、ツール選定も評価もできません。誰の・どの作業の・何を・どこからどこへ・いつまでにの5要素で目的を1文に書く方法と、手段が目的の席に座る・測れない言葉で書くといった書き間違いの直し方を、フィリピン拠点の実務から解説します。

2026/8/11

AI導入で会社はどう変わるのか|フィリピン拠点で先に変わる4つの業務と導入前に決める3つのこと
AI戦略・コンサルティング

AI導入で会社はどう変わるのか|フィリピン拠点で先に変わる4つの業務と導入前に決める3つのこと

フィリピンの日系企業でAIを導入すると何が変わるのかを、問い合わせ対応・見積・請求書・本社報告の4業務と、承認者やデータの線引きなど導入前に決める3点から解説します。

2026/8/10

現場が勝手に使う「シャドーAI」を止めずに統制する──フィリピン拠点のルールづくり3ステップ
AI戦略・コンサルティング

現場が勝手に使う「シャドーAI」を止めずに統制する──フィリピン拠点のルールづくり3ステップ

会社が把握しないまま現場が生成AIを使う「シャドーAI」。フィリピン拠点では英語ツールへの適応が早く、禁止しても見えなくなるだけです。責めない実態調査、公式ツールの用意、1枚のルールという統制の3ステップを、AIとテクノロジーの実務目線で解説します。

2026/8/9

失敗しないAI投資の見極め方|契約前に決める4項目と、見積書に出てこない費用
AI戦略・コンサルティング

失敗しないAI投資の見極め方|契約前に決める4項目と、見積書に出てこない費用

AI投資で失敗する原因は技術ではなく、契約前の準備にあります。対象業務・扱うデータ・承認者・判断時期の4項目、見積書に出ない自社の人件費、導入前に記録しておく3つの数字を、フィリピン拠点での実務からIT歴35年の視点で解説します。

2026/8/8

手元にPCがなくてもAIエージェントを動かす|VPSでClaude Codeを常時稼働させる構成と、フィリピンから決済できる海外VPSの選び方
AI戦略・コンサルティング

手元にPCがなくてもAIエージェントを動かす|VPSでClaude Codeを常時稼働させる構成と、フィリピンから決済できる海外VPSの選び方

自宅のPCを閉じるとAIエージェントの作業も止まる。VPSにClaude CodeなどのCLI型AIエージェントを置けば、外出先からスマホで様子を見られます。必要なスペック、GUIが要る場合との違い、フィリピンからクレジットカードで契約できる海外VPSの選び方を解説します。

2026/8/7

AIを使っていた担当者が辞めたとき|フィリピン拠点で仕組みを止めないための引き継ぎ設計
AI戦略・コンサルティング

AIを使っていた担当者が辞めたとき|フィリピン拠点で仕組みを止めないための引き継ぎ設計

フィリピン拠点でAIを回していた担当者が辞めると、業務そのものが止まります。労働法上の予告は原則1か月しかありません。AIを使った業務をテクノロジーで属人化させないために、退職の前に整えておく引き継ぎ設計を、在比日系企業の実務目線で解説します。

2026/8/6