AIオフショア開発の進め方|フィリピンのチームがAIを使うとき発注側が決める5つのこと
フィリピンのオフショア開発でチームがAIを使うとき、情報漏洩、成果物の権利、契約、確認方法で何を決めておくべきか。マニラ在住のAIエンジニアが、IPA・文化庁・経産省の資料をもとにやさしく解説します。

要約
- AIによるオフショア開発は、うまく使えば強い味方です。ただし、社内の秘密を入力する場面と、出てきたコードを確認する場面で、事故が起きやすくなります。
- 発注側が先に決めるのは5つです。「AIに入れてよい情報」「AIを使ってよい範囲」「成果物の権利」「契約の形」「確認の方法」です。
- 「AIで安くなるはず」と値下げだけを求めるのは危険です。値段の安さより、進め方と確認の仕組みを重視しましょう。
AIオフショア開発とは
オフショア開発とは、海外の開発チームにシステム作りを頼むことです。フィリピンは英語が通じ、日本との時差も小さいため、依頼先として選ばれています。
そこに「AI」が加わったのが、AIオフショア開発です。意味は主に2つあります。
- 海外のチームが、コードを作る道具として生成AIを使う開発
- 海外のチームに、AIを組み込んだシステムを作ってもらう開発
この記事では、おもに1つ目を扱います。相手がAIを使うと、何が変わり、発注側は何を決めておけばよいのか、疑問を持っている人が多いからです。
ここでいうコード生成AIとは、文章で指示(プロンプト)を入力すると、プログラムのコードを作ったり直したりしてくれるAIのことです。
フィリピンで開発を頼む流れそのものは、フィリピンでのIT開発の進め方|在比日系企業が失敗しない選び方で説明しています。
私はマニラで、日系企業向けにAI導入や業務自動化、Web開発を支援しています。私自身も、コード作りの主力としてClaude Codeを使っています。AIの便利さも、怖さも、毎日の仕事で見ています。
結論:相手のAI利用は「禁止」より「ルールを決めて使う」が正解
AIを利用した開発を、頭から禁止する必要はありません。IPA(情報処理推進機構)のガイドラインも、文章の校正や資料の要約、Excelマクロのコード生成などを、業務を効率化する使い方として挙げています。
一方で、決めずに任せると危ないことも事実です。次の5つを、契約の前に決めてください。
| 決めること | 中身 |
|---|---|
| 1. AIに入れてよい情報 | 入力してはいけない情報と、使ってよいAIサービスを書面で渡す |
| 2. AIの出力の扱い | AIが書いたコードを、そのまま本番に出さない |
| 3. 成果物の権利 | 人が設計し、手を入れた部分を記録に残してもらう |
| 4. 契約のAI項目 | 入力の学習利用、成果物の範囲、監査、ログを決める |
| 5. 確認の仕組み | 毎週の会議と、仕様変更の文書化を組み込む |
決めること1:AIに入れてよい情報を決める
いちばん大きな危険は、情報が外に出てしまうことです。
IPAのガイドラインには、こんな事例が載っています。サムスン電子では、エンジニアが社内の秘密のソースコードをChatGPTに誤ってアップロードしたことが分かり、従業員による生成AIの使用を禁止しました。当時のChatGPTは、チャットの履歴を保存し、AIの学習に使う設定が初期状態だったことも、原因の1つと考えられると書かれています。
海外のチームでも同じことが起きえます。発注側の仕様書、顧客の名簿、パスワードを、担当者が悪気なくAIに貼りつけてしまう場面を想像してください。
関連: フィリピンのオフショア開発で失敗しない発注ガイド|契約・著作権・個人データ・祝日の注意点 で詳しく解説しています。
発注側が決めておくこと
- AIに入力してはいけない情報の一覧を、書面で渡す(顧客の個人情報、パスワードやキー、未公開の仕様など)
- 使ってよいAIサービスを指定する。入力した内容を学習に使わせない設定(オプトアウト)ができるサービスを選ぶ
- 入力した指示と出てきた答えのログ(記録)を残してもらう
オプトアウトとは、入力したデータをAIの学習に使わせない設定のことです。IPAのガイドラインは、オプトアウトが明記されていないサービスでは、入力内容が学習に使われ、情報漏洩につながるおそれがある、と説明しています。ログの保存も、何か起きたときにすばやく対応するための対策として挙げられています。
他にも、「クラウドAIに営業秘密は教えない」という項目もあります。当たり前に見えますが、書面にして渡さないと、現場では守られません。
関連: フィリピンでのIT開発の進め方|在比日系企業が失敗しない選び方 で詳しく解説しています。
決めること2:AIの出力を「そのまま使わない」と決める
AIが作ったコードは、正しく見えても間違っていることがあります。IPAのページは、生成AIを「知識は豊富だが経験不足の新人」にたとえています。仕事は速いけれど、確認せずに本番に出してはいけない、ということです。
IPAのガイドラインが紹介しているOWASPのリストにも、注意点が2つあります。
- 過度な信頼:AIの限界や、期待のしすぎで、判断を誤ること
- 安全が確認されていない出力の扱い:AIの出力を細かくチェックせずに、外部システムへ送ってしまうこと。システムの弱点をつかれ、深刻な被害につながりうる
さらに同ガイドラインは、プログラムコードを直そうとすると、マルウェア(悪意のあるプログラム)を組み込んで答えるサービスが存在しうる、とも紹介しています。ですので、「どのAIサービスを使うか」も、発注側が確認すべきことです。
関連: フィリピン外注の常識が変わる|AI再教育1万人発表と日系企業の対応 で詳しく解説しています。
私が失敗から学んだこと
AIの数字は、疑ってから使います。私がAIを仕事に導入した当初、AIが出した数字と、実際の取引データが食い違ったことがあります。もしそのままクライアントへの報告に使っていたら、大きな影響が出ていたはずです。それ以来、データの出どころをはっきりさせ、複数の情報源と突き合わせるようにしています。
コードでも同じです。AIが書いたコードは、必ず人が読んで、動かして、確かめます。この手間を省かない開発チームを選んでください。
決めること3:成果物の権利を最初に確認する
AIが作ったコードは、誰のものになるのでしょうか。ここがあいまいなまま進む案件が、意外と多いです。
文化庁の考え方(2024年3月)は、AIが作ったものが著作物といえるかを、個々の成果物ごとに判断するとしています。見るのは、人がどれだけ創作的に関わったか(創作的寄与)です。ポイントは次のとおりです。
- 「こうしたい」という考えを伝えるだけの指示では、できたコードは、著作物とは認められないと考えられます。
- 「どんな表現にするか」まで具体的に書いた詳しい指示は、人が創作に関わったと認められやすくなります。
- 何回も試しただけでは、判断は変わりません。ただし、出てきたものを見て、指示を直し、また作らせることを繰り返した場合は、著作物と認められることもあります。
- 出てきた候補から選んだだけでは、判断は変わりません。
- 人が自分の工夫で書き足したり直したりした部分は、たいてい著作物と認められます。
つまり、AIに丸投げして出てきたコードは、権利で守られない可能性があります。発注側からすると、お金を払って受け取ったものを、他社にまねされても止められないかもしれない、ということです。
発注側が決めておくこと
- 人が設計し、確認し、手を入れた部分を、記録に残してもらう
- AIに使った指示など、作り方をあとから確認できる状態にしてもらう(文化庁のチェックリストも、生成の過程が確認できる状態の確保を挙げています)
- 使う前に、既存の著作物と似ていないかを確認してもらう
文化庁のチェックリストによれば、著作権の侵害には、既存の作品との「類似性」と「依拠性」(元の作品をもとにしたこと)の両方が必要です。似ていなければ、特別な許可はいりません。ただし、リストの対策をすべてやれば責任を問われない、という意味ではありません。あくまでリスクを下げる方法です。
フィリピンでの権利の帰属や契約の細かい決め方は、フィリピンのオフショア開発で失敗しない発注ガイド|契約・著作権・個人データ・祝日の注意点で説明しています。この記事では、AIを使う場合に増える点だけを解説しています。
決めること4:契約に「AI」の項目を足す
経済産業省の「AIの利用・開発に関する契約チェックリスト」(2025年2月)は、AIに関わる契約で何を確認するかを整理した資料です。オフショア開発の契約にも、そのまま使える考え方が多く載っています。
入れておきたい項目
入力の扱い: 入力したデータを、AIの学習に使わせるかどうかを決めます。チェックリストは、汎用的なAI学習に使われる場合、サービス提供に必要な範囲だけで使われる場合、学習に使われない場合の3つに分けて考えています。どの形にするかを、契約で決めます。
成果物の権利: 開発で生まれた成果を「フォアグラウンドIP」、開発とは関係なく、各社がもともと持っている知的財産を「バックグラウンドIP」と呼びます。AIを使うと、どこまでが新しく作った成果で、どこからが相手のもともとの財産なのか、あいまいになりがちです。チェックリストは、この範囲を認識しないまま進むと、あとで争いになりうるとして、開発の初期にお互いの認識をそろえることを勧めています。
契約の形: 準委任(作業をすることを約束する契約)にするか、請負(完成を約束する契約)にするかは、大事な交渉事項です。準委任なら「注意深く仕事をする」義務、請負なら「完成させる」義務と、欠陥があったときの責任を負います。
セキュリティと監査: 可能なら、監査条項を入れることが有効とされています。相手の内部監査部門による監査や、ISO/IEC27001のような国際的なセキュリティ認証の取得を条件にする方法が、例に挙がっています。ログについても、AIサービスやその基盤への、管理者・開発者の権限を含むアクセスや操作の記録を、相手に保存してもらうことが考えられる、としています。
個人情報: AIへの入力に個人データが含まれるなら、日本の個人情報保護法の第三者提供(27条)を確認します。相手が外国にいる場合は、さらに越境移転(28条)の確認も必要です。
規約の変更: AIサービスの利用規約は、途中で変わります。変更を確認する体制を整えておくことが望ましいとされています。また、相手が海外にいるときは、海外の法律が契約の準拠法(どの国の法律で判断するか)に選ばれることが多い、と書かれています。
請負と準委任の選び方や、フィリピンでの著作権の考え方は、別の記事で説明しています。詳しくは、フィリピンのオフショア開発で失敗しない発注ガイド|契約・著作権・個人データ・祝日の注意点をご覧ください。
決めること5:確認の仕組みを、進め方に組み込む
契約に書くだけでは足りません。毎週の進め方に、確認を組み込みます。
私は、数十万ペソ規模のWebシステムの案件で、開発チームの管理をしたことがあります。技術リーダー1名、開発者3〜4名、品質確認の担当1名の体制でした。ここで決めたルールは2つです。
- 週に1回、進み具合の会議をする
- 仕様の変更は、必ず文書に残す
AIを使う開発では、この2つがさらに重要になります。AIは指示を変えると、まったく別のコードを出すことがあります。変更の記録がなければ、あとで「なぜこうなったのか」が誰にも分からなくなるからです。
安さだけで選んだ失敗
別の失敗もあります。月5万円という安さにひかれて、システム開発を頼んだことがありました。結果は、しばらくして「動くけれど、現場では使えない」システムができあがりました。原因は、技術リーダーの経験が足りなかったことと、品質を確認する担当がいなかったことです。
この経験から、外注先を選ぶときは、価格より「コミュニケーションの質」を優先しています。安さだけで選ぶと、あとの修正で、結局は高くつきます。
AIを使えば安くなる、という話には注意してください。「AIで開発費が何割下がる」といった根拠を、公的な資料では確認できませんでした。見積りが安いときほど、確認する担当と体制を、先に聞きましょう。
任せる部分と、人が決める部分を分ける
私は、AIには決まった形のデータ分析と、下書き作りを任せます。一方で、仕様をどう決めるかや、出てきたコードを本番で使ってよいかは、必ず人が決めます。
開発でも同じです。「AIに書かせてよい部分」と「人が決める部分」を最初に分けて、チームと共有しましょう。仕様の決定、セキュリティに関わる部分、本番に出す前の最終確認は、人の仕事です。
フィリピン側の開発・IT業界は、AIでどう動いているか
発注先の状況も、確認しておきましょう。
フィリピンのIT・ビジネスプロセス管理(IT-BPM)業界の団体、IBPAPは、2026年7月に、2028年の売上の目標を引き下げました。2028年の売上は、最良のシナリオで505億ドル、下振れのシナリオで433億ドルとしています。働く人の数は、最良で214万人、下振れで185万人です。以前(2022年)の見通しは、売上590億ドル、従業員250万人でした。2025年の実績は、売上400億ドル、従業員190万人です。
IBPAPの担当者は、次のように話しています。これまで業界は、どれだけ多くの人を雇えるかで成功を測ってきました。次は「デジタル・フィリピン人労働者」1人が生む価値で決まるようになる、という趣旨です。AIは、見通しに影響するリスクの1つとして挙げられています。
つまり、フィリピンの業界は「人数の多さ」から「1人あたりの価値」へ、軸を移そうとしているのです。発注側から見れば、AIを上手に使いこなす少人数のチームが、これから増えるということです。
また、フィリピン政府は、2025年4月30日に国家AI戦略(NAIS-PH)を発表しました。2028年までの5つの柱は、インフラ、人材の育成、イノベーション、倫理と政策、活用です。2028年までに高性能計算の能力を26倍にする、という数値目標も出ています。国として、AIに力を入れていると分かります。フィリピンでAIを仕事に取り入れる全体の流れと、最初に始める3つのことは、フィリピンでAIを仕事に使うには?中小企業・日系企業が最初に始める3つのことで説明しています。
よくある質問(FAQ)
Q: 相手がAIを使うと、開発費は安くなりますか。
安くなる可能性はあります。ただし、どれだけ安くなるかを示す、確かな数字は確認できていません。安さだけを基準にすると、確認の担当者がいないチームに当たるおそれがあります。見積りの金額だけでなく、確認の体制を必ず聞いてください。
Q: 相手にAIの使用を禁止すべきですか。
一律の禁止は、おすすめしません。IPAも、業務の効率化にAIを使う方法を挙げています。「入れてよい情報」「使ってよいサービス」「確認の方法」を決めて、書面で渡すほうが、現実的で安全です。
Q: AIが作ったコードは、自社のものになりますか。
契約で権利を渡してもらう約束をしても、AIに丸投げで作ったコードは、そもそも著作物と認められない可能性があります。人が設計し、確認し、手を入れた部分を記録に残してもらいましょう。文化庁の考え方では、人が創作的に加筆・修正した部分には、通常、著作物性が認められると考えられています。
まとめ
AIを使うオフショア開発で、発注側が先に決めることは次の5つです。
- AIに入れてよい情報を決める
- AIの出力を、そのまま使わないルール
- 成果物の権利の確認
- 契約への「AI」項目の追加
- 毎週の確認の仕組み
AIは、うまく使えば開発を助けます。ただし、決まりのないまま任せると、情報漏洩や、権利のあいまいさにつながります。安さだけでなく、進め方の質で相手を選んでください。
PH AI Worksでは、マニラを拠点に、AI導入と業務自動化、Webシステム開発を支援しています。「フィリピンの開発チームにAIを使ってもらいたいが、何から決めればよいか分からない」「見積りの中身が妥当か見てほしい」という方は、無料相談をご利用ください。
参考・出典
- IPA「テキスト生成AIの導入・運用ガイドライン」2024年7月 https://www.ipa.go.jp/jinzai/ics/core_human_resource/final_project/2024/f55m8k0000003spo-att/f55m8k0000003svn.pdf
- IPA「AI利用者のためのセキュリティ豆知識」 https://www.ipa.go.jp/digital/ai/security/ai_security_tips.html
- 文化審議会著作権分科会法制度小委員会「AIと著作権に関する考え方について」2024年3月15日 https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/pdf/94037901_01.pdf
- 文化庁著作権課「AIと著作権に関するチェックリスト&ガイダンス」2024年7月31日 https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/seisaku/r06_02/pdf/94089701_05.pdf
- 経済産業省「AIの利用・開発に関する契約チェックリスト」2025年2月 https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/connected_industries/sharing_and_utilization/20250218003-ar.pdf
- GMA News「IBPAP cuts 2028 IT-BPM revenue, jobs forecasts after roadmap review」2026年7月14日 https://www.gmanetwork.com/news/money/economy/994797/ibpap-cuts-2028-it-bpm-revenue-jobs-forecasts-after-roadmap-review/story/
- DOST「DOST builds on AI national strategy」2025年 https://www.dost.gov.ph/knowledge-resources/news/86-2025-news/3989-dost-builds-on-ai-national-strategy.html
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